AF35Mのいいところは動作音の全てがばかでかいところだと思う
上越新幹線にて絶賛運用中のMaxとき(たにがわ)ことE4系が、ついにこの秋を持って運用終了となる。引退キャンペーンの一環として全編成に特別ラッピングが施されたと聞いていてもたってもいられず、退社後の足で東京駅へ寄ってきた。装備はといえば、スマホとISO100のフィルムが入ったカメラしかない。知っていればそれなりに持って出たのに、でもまあいいだろうと思って入場券を買った。とにかく「見てみたい」と言う己の気持ちを尊重することが重要だと思ったのである。
Maxは素晴らしい車両だった。子供時代、新幹線に乗る機会なんていうのは基本的に夏冬の長期休暇を利用した旅行に伴うもので、動機からして既に楽しい。しかも新幹線というものはただでさえ、大きくて速い。その上二階建てとくれば、それはもうとてつもなく素晴らしい存在だったのである。
親たちはいつも二階席をとって子供たちを喜ばせた。いい思い出だ。私は今でもできる限りMaxを選び、二階席に座る。ただいつの頃からか夏と冬の休暇期間だけは、かつての自分のような子どもたちに配慮(?)して、一階席に収まるようになっていた。乗る機会を持てない間も、Maxの走る姿を見るだけで嬉しかった。
Maxにとって最後の冬は終わった。融雪用のスプリンクラーが吹き出す水の霧に包まれながら入線するMaxを見ることはもうない。けれどまだ夏はやってくる。今年はどうだろうか。帰省の、あるいは旅行に向かう子どもらがステップを駆け上がって行く姿を見ることができるのだろうか。そうして彼らで満席になった車窓を見ることが。そうであってほしい。
最後の最後まで、Maxにとって、たくさんの人にとって、素晴らしい思い出が積み重なるように、心から願う。
二年前くらいにインストールしてから使ったり休んだりを繰り返しているのだが、ここ最近は積極的に利用している。
SNSを見ているとどうしても「みんなに比べて自分は何もしていない」という気持ちになりがちなのだが、Trickleで自分のログを見直すと自分なりに色々取り組んでいることをちゃんと認識できるから助かっている。草ログが実装されているのも、自分が何についてどれくらいの頻度で(あるいは期間を)取り組んできたのかがわかりやすくて良い。他人が取り組んだことについて「自分はやっていない……」と落ち込むのではなく、自分がやってきたことをちゃんと自分で評価できるようになれればいいと思う。
人生、いよいよネガティブな事柄しか思いつかないので何か書こうと思うのだが言語化することにあまり意味を見出せない。ともあれ正月が過ぎて良かった。休暇を他人がどう過ごしたか聞いたり聞かれたりする無意味なお喋りに巻き込まれたくない。夏と冬と年に2回もこういうことがあるのはうんざりする。人間に向いていないタイプの人間のことをなんて言うんだったかな。
『 湿原の朝食 』 @ Nikko Senjougahara
前回の続き。珈琲野点にパンを齧ってきました。赤い実や小枝、枯葉、雪に落ちて冬の絵を描いています。ほんの少しでも陽がさすと落下物の周辺だけ雪が溶ける。これも自然の営みですね。湿原の鉄分が川を赤くしていて雪とのコントラストが美しい。